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最後の道徳の時間の作文から

1988年度 金石中学校 3年7組 学級通信「elan vital」
第148,149号(1989.3.14発行)

 最後の道徳の時間の作文から

 先週の,最後の道徳の時間の作文の中からいくつか拾ってみました。これが君たちへの最後のメッセージ。もちろん卒業文集の中にもいろいろと書いたけど,学級通信としての最後のメッセージ。とは言え,自分では何も書いてないけどね。
 いろいろな考え方をする人がいるんだという,その存在を認めることから連帯は始まる。

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 私がこの1年間で一番印象に残っている「道徳の時間」は,一番最後の道徳の時間でした。この1年間を振り返ったものだったけど,それを読んで,自分自身に思い当たることがたくさんあったし,自分の知らない間に,人を傷つけていたことを思うと,今になってはどうしようもないけれど,反省の気持ちでいっぱいです。私だけじゃなく,クラスの45人全員がもう少し思いやりの気持ちをもって過ごせばよかったんじゃないかと思いました。
 1学期や2学期の道徳の時間は何も考えずただぼーっとしていたけれど,最後になって道徳の時間が何かわかったし,今日の時間は1年間を振りかえるよい機会だったと思いました。

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 1年間の道徳の時間を振り返ると寝ていたこともあったような気もするけど,一応聞いていたと思う。  今日の道徳は,なんかなんて言うのかな,わかんないけど,私が思うには,このクラスの人たちは,みんなわがままで,自分勝手だったと思う。もちろん私も入っているけど。それがぶつかった結果だと思うなー。
 今となっては私も思いやりがないなーとか思ってなりません。卒業間近になってこんなことを言うのも変だけど‥‥  もっとみんなに思いやりを持ちたかったと思う。
 昨日歌のトップテンを見ていて気づいたこと,南野洋子がカンボジアにボランティアで行っていたので,テレビにはカンボジアからでした。南野が出てきて,「いま私はカンボジアに来ていまーす」って言っているけど,私はアイドルってわがままでどうしようもないやつばかりと思っていたけど,その時の南野は全然違っているのです。どうしてかと言うと私には絶対できないことをしていたからです。それはアイドルの南野がとても親しく,向こうの人たちと一緒になって歌っていることです。顔の色もちがう黒人と仲良くしているのを見て私はすんごいなあと思った。私は絶対できないと思ったんだけど,これも思いやりかなーなんておもった。
 だから,今日の話を聞いて,私はいつも感じなかったものを感じたような気がした。
 私はもっと思いやりを持って××に接してあげればよかったと,今ごろになって思っても仕方がないけど,思ってしまった。
 もし私が体の不自由な人だったらと思うと,カンボジアの人とかにももっと思いやりが持てるようになれると思った。
 高校へ行ったら思いやりの持てる人になりたいなぁと思います。

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 私の道徳の時間の中で一番印象に残っているものといえば,アパルトヘイトのことだと思います。(新しいからかも知れないけど)私がアパルトヘイトのことを読んで思ったことは,この世の中に,あんなひどいことをしている国があるなんて,本当にびっくりしました。だって,アパルトヘイトのことは知っていたけど,そんなにひどいものとは思ってもみなかったし,人種差別のことだってもう昔のことだと思っていて,人種差別はあったとしても,もう昔みたいにひどいものではないだろうと思っていたからです。
 そして,やっぱり南アフリカ共和国にも,この3年7組のように,付和雷同の者や,傍観者の人たちが多いのかと思いました。
 それから,私は世界のことなどどうにもならないかも知れないけど,3年7組のことは,もう少し勇気があれば,なんてことを考えていました。もう少し勇気があれば,なんて思うのは,その勇気もなく傍観者をしていた私の逃げかも知れないけど,そう思っていました。
 それから次に印象に残っているものは,自殺のことについての新聞の記事などを読んだことです。自殺した人のことを読んで,よくは覚えてないのだけれど,相談する人がいなかったとか書いてあったと思います。私はそれを読んで,相談する人がいなかったかも知れないけど,自殺した人の意志が弱かったからじゃないかなと思いました。ちゃんとした意志を持っていたら自殺なんてしなかっただろうなと思いました。

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 最後の道徳の時間の作文から 2

 このときの作文のテーマはいくつかあって
「この1年間を振り返って思うこと」
「道徳の時間の話の中で,印象に残っていること」
「私の将来について」
 という3つの中からの選択でした。
それぞれの作文のタイトルは載せないけれども,3つの内のどれであるかは分かってもらえるでしょう。

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 道徳の時間で,印象に残っているものといえば,アパルトヘイトのことです。(昔のは頭にかすかに残っているだけだったから)
 アパルトヘイトは,社会の時間にこれだけは覚えときなさいとか言われて,覚えただけで,それがどういうことをするのかなにも知らなかった。
 TVで日本にきたアメリカ人とかが日本人から「外人だ!」と言われて嫌な思いをしていたことがある,と言っていた。でもアパルトヘイトはこれの何十倍もひどいことをしているのを初めて知った。  そんなにまでしなくてもと思う点もたくさんある。黒人だって,白人だって同じ人間だし,白人よりも頭のいい人もいることを知っているのかなぁと思う。
 アパルトヘイト=いじめの超すごいやつ,校則のめちゃめちゃに厳しい学校みたい。
 そんな世界(国)に生きていると,なんだか生きた心地がしない。それがいやで反乱を起こせば,何十人,何百人もの死者が出るだけで,失うものが余りにも多すぎて,得るものもそれの半分以下じゃないかなぁと思う。何でも,反乱をおこした指導者は,最後には殺されるけど,殺されるのを分かっていても国をかえるためにと思って勇気を出せることはすごいことだと思う。

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 僕が聞いた中で,印象に残っているものと言うと,まず「内申書裁判」というのがあった。
 内申書とは,教師が生徒をみてありのままを書くものだと思う。資料に載っていた先生は,その生徒のことを素直に書いたのだと思う。でも生徒側からは,受験したからには合格したいわけで,内申書で落とされたと分かったらやっぱり裁判に訴える!とまではいかないだろうけど,内申書を書いた先生に文句を言いに行くだろう。その資料の裁判は,生徒が中学3年間まじめに生活していれば起こらなかったことであって,僕としては,解決したことは忘れたけれども,やっぱり生徒が悪かったと思う。しかし,先生は3年生は全員合格してほしいと願っていると僕は思うし,そのためにできるだけ内申書をよくしようとするのが普通だと思う。それは,実際に僕は中学校3年間しっかりやってきたと思うし,面接を受けに行ったときに,その学校の先生に「今回は悪かった。」とはっきり言われてしまった。だから倍率が高いのに入れたというのは相当に内申書がよかったのだろうと思う。実際によくしてくれたのなら先生ありがとう。

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 この1年間といっても,最近のことを言うと,私は自分の意志で行動するとか,自分の意見を言うとか,がなく,自分を見失っていたと思います。いつもいつもともだちと一緒になって悪いことをしていたりして,本当に情けないです。いやだなぁーって思っても,さからったらなにをされるかわからないとか思って,今までなにも言えませんでした。その点××さんはえらいっていうか,つよいっていうか,きちんと自分の意見を人に言えてすごいと思います。すごいのではなくて,それが普通のことなのに,私は弱いから,それができないだけなのかも知れません。でも,私は人のことばっかり言っていますが,自分だって,その子がつよいって事に甘えてきたところもあると思います。本当に情けないです‥‥  私はこのままではいけないと思います。自分の意見がハッキリ言えなくては,また同じ事のくりかえしです。ただ強い人のいいなりになって,自分が何であるのかさえわからない,ただ一緒になってくっついている‥‥そんな人間以下の人間になってしまうのではないかと,正直言って不安です。いいかげん直さないと,人生後悔してしまいそうだし,直してしまいたいです。2年生の時もそんなところがあったかも知れません。3年7組になって,最近,自分に反省ができて,ある意味ではよかったと思います。

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 君はこの1年間何を考えて過ごしてきたかな。明日は卒業式だ。その締めくくりにふさわしいものになるように,立派な卒業式にしようではないか。

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