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「道徳の時間」って何の時間?

 1989年度 金石中学校 3年3組 学級通信「Pas a Pas」第13号(1989.4.10発行)

 本当はあんまりこの「道徳」という呼び名は好きじゃないんだけど,一応時間割の中のそういう時間なのでそう呼びます。
 どちらかと言えば「人間学」といった名前の方がぴったりくるなあと思っている。
 それでも君達にすれば,小学校に入学してからずっとこの「道徳」という時間はあったわけだし,もう8年間もいろんなお話を聞いて(きたかどうかは知らないが)きたことになっている。
 だから,君達自身もこの「道徳」という時間について,ある程度こんな時間なのだというイメージみたいなものがあると思う。
 それで,その君自身のイメージはそれでよいので,ここでは,中学3年の道徳の時間について,今日は今年度の第1回目だから,これからこんなことを考えていくんだよという話をしたいと思う。
 それで,初めにもちらっと書いたけど,この時間は「人間学」というつもりでいてほしい。
 つまり人間のことについていろいろ考える時間なのだということである。
 人間のことといっても,もちろんそれは単に一般的な人間のことだけではなくて,自分自身を見つめたり,友達のことを考えたり,人間の社会のことを考えたり,命について考えたり,あるいは,愛や自由や平和について考えたりという時間なのだということなのだ。
 どんなテーマが採りあげられることになるのかは,いまのところはわからない。
 でも,できるだけ君達自身のこと,君達にとって身近なことをとりあげていくつもりでいる。
 しかし,いずれにしても,この時間は,初めから一つの結論を出すような時間ではなくて,一人一人がその時の与えられたテーマについて,いろいろと物事を考えていく時間だと言っていい。
 だから,この時間に君達にして欲しいことは,ゆっくり物事を考えて欲しいということだ。
 そして,考えたことを作文などで表現してもらう時間もたくさんとりたいと思っている。

 さてこれまでに僕がとりあげてきたテーマにはどんなのがあったかなとふと振り返って,思い付く限りのタイトルを並べてみると次のようなのを思い出す。

 かけがえのないこの自分−−命の大切さ
 いじめについて考える−−もうこのいじめというテーマで何回話をしたことか
 そうじってなんのためなんだ−−これも何回もやったなあ
 優しさの時代−−時代の雰囲気についてとか,ファシズムなんかの話
 友人たちと−−友達の話,友情の話
 ヒロシマ・ナガサキを学ぶ−−平和について考える
 中学を卒業して美容師になる−−進路の話
 こんな高校だってあるんだ−−おもしろい私立高校の話
 魅力ある女性−−女性の自立に関わって
 年賀状禁止の法−−自由って何なのさ
 お弁当班の廃止について−−規律と自律
 何をやりたいのだ君達は−−先生の怒り!というのもよく出てくるパターンでした
 勉強って何のため?−−勉強の目的
 アパルトヘイト−−南アフリカ共和国のお話
 内申書と内申書裁判−−内申書ってなんなのかというお話

 とまあこれだけではなくそのときそのときで,いろんなテーマの話をしてみんなに考えてもらった。
さて,今年はどういうことになるのかというと,それは分からない。
 それは君達の行動に半分はかかっている。
 身近なテーマで,例えば掃除とかいじめとかについて言わなくてはならないような人間が多ければ,そういう話が増えていくだろうし,そうでなければ,もっと3年生にふさわしい話が多くなるだろう。
 このようないわば人間についての話は,人によってはなんだこれとか,つまらんとか,くだらんとか思う人もいるだろう。
 でも本当は,いましなくちゃならないのは,このような人間について考えることだと思うのだ。
 ほかの教科の勉強はやろうと思えばいつだってできる。
 60才になっても数学の本を読んでいくらでも勉強することができる。
 しかし,友達に対する思いやりとか,誰かと協力して仕事をすることの大切さとかはいま身につけておく,あるいは学んでおかないと,結局自分自身の人生がつまらないものになってしまう。
 つまりこの3年3組での道徳の時間というのは,義務教育が終わるときに,少しはまとも(?)な人間になっているようにという担任のささやかな願いを込めて取り組む時間である。
 だからこの後どういう話がでてくるかは分からないのだけれども,一人一人にゆっくりと物事を考えてもらいたいものだと思う。
 そして,何よりも自分自身について考えること,自分自身を知ること,これが大切なことだと思っている。

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