金沢桜百景

 

広坂通りの夜桜と旧石川県庁のライトアップ(ひろさかどおり・きゅう いしかわけんちょう)

 広坂1丁目,広坂2丁目

 

広坂通りの夜桜 市役所側から

 広坂通りの桜は夜には照明が当てられます。
 また,毎年桜の時期に「広坂祭り」という行事も行われています。

広坂通りの夜桜 市役所側から

 この写真は市役所側からの撮影です。
 お昼の広坂通りの様子は広坂通りのページへどうぞ。

広坂通りの夜桜 市役所側から

 車の前照灯が入ってしまい,桜が少し暗く映ってしまいました。

旧石川県庁のライトアップ

 広坂通りをはさんで,一方には金沢市役所,反対側には旧石川県庁があります。
 旧石川県庁も,夜間はライトアップされます。(大きな写真は旧石川県庁ライトアップのページ
 庁舎の正面の2本の大きな木は天然記念物となっている堂形のシイノキです。
 庁舎の後ろに見えるのは金沢城公園の石垣がライトアップされているものです。

(2004-04-06撮影)

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★堂形のシイノキ★
 石川県庁本館正面玄関の左右にある2叢のスダジイ。
 向かって右のシイは、根元周囲7.4メートル、高さ12メートル、左のシイは根元12メートル、高さ13メートル。
 昭和27年(1952)頃、衰弱が著しくなったため、クロカミキリ、シロスジカミキリなどの潜孔虫の防除をはかり、種苗を本株の周辺に補植し、施肥をし、樹形を整えている。
 現庁舎のあたりは、前田利家が文禄4年(1592)に、京都の三十三間堂を模した堂形の的場を作らせたことから藩の米蔵(堂形米蔵)が置かれた。
 その後たびたびの金沢の出火で類焼の難にあったため、堂形前は火除地として広場とされ、万治3年(1660)に馬場となり、天明元年(1781)には、老樹が妨害になるというので多く伐り払われたという。
 日置謙氏の『加能郷土辞彙』は、このシイは、その折に伐採を免れたものであろうとするが、もとより推定にすぎない。
 
(1985年「石川県の文化財」より)

★堂形蔵米★(どうがたくらまい) 
 堂形蔵の米のこと。堂形とは金沢城の西側,旧県庁のある場所を指し,17世紀前半すでに米蔵があり,堂形と称されていた。
 2万5000石の米が納められ,堂形蔵奉行が管掌していた。
 1672(寛文12)年頃新たに紺屋坂下にも米蔵が建築されたため,旧を古堂形、新築を新堂形と呼んだ。共に城米を納めてあった。

(北國新聞社「石川県大百科事典」(1975)より抜粋)

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